(社)環境教育フォーラムが主催し、文部科学省他が後援して開催された、「清里ミーティング2004」についての報告です。










清里ミーティングの前夜祭的な位置づけとして、一昨年から行われるようになった「清里ミーティング2004プレイベント」。今年は、48名が「キープ自然学校」の施設に集まり、(財)日本レクリエーション協会、国際自然大学校、ホールアース自然学校、(財)キープ自然学校のプログラムに分かれて参加した。
日本レクリエーション協会では、(社)環境教育フォーラム理事でもあるサービスセンター部長河原塚達樹とネイチャーレクリエーション推進担当植田 尚史が、子供向けのプログラムを実施した。赤や茶など紅葉に色づいた様々な樹木の落ち葉を集めて、画用紙上にレイアウトして楽しむ落ち葉のグラデーションや、森の中でたのしめるコミュニケーションゲームなどを行った。
ホールアース自然学校では、生きているにわとりを屠り・解体し、食するまでの一連の作業を体験する「命を食べる−にわとりの可能性—」といったプログラムを実施した。にわとりなどの生き物を屠る体験が無くなっている中で、命を絶ち、さばき、食するというプロセスは忌避されがちであるが、いのちの大切さを考えさせる上でインパクトのあるプログラムとなった。
国際自然大学校は、「子供向けのPA(プロジェクト・アドベンチャー=Project Adventure)体験プログラム」を実施した。グループで与えられた課題を協力しながら解決していくプログラムとして人気の高いプログラムを紹介し、プログラムを効果的に指導する上での注意点など、指導者として大切な要素をわかりやすく解説した。
プロジェクトアドベンチャーでのケースを紹介すると、アクティビティの内容は異なるが、導入から展開しまとめていくプロセスは、コミュニケーションワークと同じ考え方ともいえ、指導法や展開法などが参考になった。
一例を挙げると、プログラムから感じた“気づき”を積み重ねながら展開していく方法である。一つのプログラムを体験すると、気づきや思いをシェアし、次のプログラムでは、その気づきや思いを活かしてプログラムに参画し、体験後には、新たな気づきや思いを加えていくというもの。
最後の振り返りの段階では、参加者が時間内で得られた気づきや思いが多くのキーワードとして残っており、学びや経験の成果がわかりやすく確認できるということである。振り返りの方法として比較的簡単でもあるので、他の場面でも活かしていきたい点である。
プレイベントの意味は、運営側で他団体のプログラムに参加できない人たちが、他団体のプログラムノウハウを体験できる良い機会である。来年以降も実施してほしい試みである。






全国から190名の人が集まり、山梨県清里で「清里ミーティング2004」が開催された。山梨県立八ヶ岳自然ふれあいセンターを主会場とし、(財)キープ協会が経営する清泉寮などを加えた施設で、11月13日から15日までの2泊3日のスケジュールで行われた。
まず、オープニングプログラムとして、「持続可能な開発のための教育の10年 夜明け前」と題して、パネルディスカッションが行われた。
パネリストには、森実(もり みのる)氏、中村絵乃氏(なかむら えの)、森透氏(もり とおる)を迎え、村上千里氏(むらかみちさと)がコーディネータをつとめた。
議論の切り口は、持続可能な開発のための教育(以下、ESD)について、開発教育や人権教育、国際協力教育といった環境教育とは異なる視点から眺めてみることの意義の解説から始まった。
森実氏は人権教育の立場から、同和問題や部落差別を例に挙げて、差別意識を取り除くことの困難さや、被差別者が教育だけでなく職業や結婚などのあらゆる面で差別を受けていることを紹介。そして、それらの差別が連動していて、一つの問題を解決するだけでは環境は変わらないことを例に引き、環境教育にも同様のことがあるのではないかと指摘した。
続いて、開発教育の取り組みについて中村氏が発表した。西欧諸国と開発途上の国々との間にある経済や教育の格差の問題を挙げて、こうした差を埋めていくことの重要性を説いた。
最後は、森透氏の国際教育の取り組みについて、ラオスなどでの実践例を報告した。
質疑応答で話題になったのは、差別意識を持ってしまうことを、どうすれば変えられるのか、という人権教育の取り組みについて。差別を取り上げて議論する事自体が新たな差別を起こしてしまっていないかといった意見が寄せられた。
また、開発教育、人権教育、国際理解、環境教育といずれも、すぐに解決できない大きく、しかも奥の深い課題に対して、実は互いにある種の「胡散臭さ」を感じている点が、森透氏の「私は昆虫が嫌いなんですよ」という率直な発言から明らかになった。
それは、なぜ生まれるのか。開発教育はアジアの国々に暮らす人々、人権教育は部落差別を受けている人々、環境教育は自然、もちろん昆虫も含まれるが、という対象により切実につながり感を持っている、その違いによるのではないかという意見が出され、切実なつながり感を持つことこそ、「持続可能な開発」を開発、人権、環境教育を横断的につなげる共通項であることが明らかとなった。




ネイチャーゲームは、深い自然環境でなくても、身近なマチの中でも楽しめる「名付け親の旅」という新ゲームを紹介した。
事前に指導者が樹木など周辺の特徴的なものに目印をつけて、見て、ふれて、嗅ぐといった感性をフルに活用して、ふさわしい名前を付けてるというもの。グループに分かれて行い、グループの中で各々がアイデアを披露する。同じモノでも違った発見や気づきがあり、発想や想像の幅を広げる刺激を多く受ける。最後には他のグループとシェアをし、そこでまた、自グループとは異なった新たな発見をすることもできる。
最後に行われたプログラムは、文学的な色彩のあるユニークなもので二十四節季や七十二候といった、太陽太陰暦に由来する季節を元にした暦を例に引いた言葉創作ゲームである。
小寒や冬至といった二十四節季の季節を表す暦の知恵や、地始凍(ちはじめてこおる、11/12〜)、虹蔵不見(にじかくれてみえず、11/23)といった、その季節にある自然の風景を元にしてつくられた七十二候に、あたらしい節や候を考えてみようとするもの。同じ森をフィールドにしていても、感受性は多様であるため、発想や思考を刺激されるプログラムである。これは、自然の中でなくても、街中など、日常生活の中で楽しめるプログラムである。


このワークショップは、環境問題や自然体験活動の前提として意識をしなければならない健康について、“空気”と“食”を切り口に検討した。
まず、健康を考える上で、喫煙リスクについて、宮城県米谷病院の佐々木直英医師がスライドを発表した。健康に与える喫煙のさまざまな問題について、日頃から各地で講演されており、わかりやすく解説をした。
食の問題は、地元高根町のりんごで、キズなどにより販売できないものを用いて、環境に負荷をかけずにつくるデザート制作をおこなった。料理カスを可能な限りださないようにすることや、土鍋を毛布でくるんで保温調理をして加熱エネルギーをできるだけ少なくする工夫で行った。
このほか、自然を感じるだけでよいと言う感性偏重により、自然の成り立ち等に関する科学的な知見をおろそかにしすぎていないか。自然に対する感性を高めるとともに、科学的な知識も体験的に学べるようなプログラムの必要性を議論したワークショップや空気中や果物などについている天然酵母を自分で培養し、その酵母によるパンづくりを体験するワークショップもあった。都市に暮らしていても、酵母という自然の不思議を楽しめ、学べる活動であると、熱い思いが語られた。


清里ミーティングの魅力のプログラムとして、前日に参加申込みをする「早朝ワークショップ」や、各団体や個人が現場で行っている実践や研究を、短いスライドにまとめて発表する「スライドショー」がある。
早朝ワークショップでは、早朝だからこそ味わえる晩秋の朝の森を体感するワークショップや、森の中を駆けめぐるジョギングなど、清里のフィールドの魅力を味わえるプログラムが行われた。
スライドショーでは、自然学校での教育実践の風景や、野生動物の保護活動など、長いものでは1年間ほどの実践報告スライドが紹介された。



ミーティングの最終日には、回りの人とグループになり、発表されるテーマの度に意見を交換する方法ですすめられた。グループの中で共感の多い意見があると、代表して全員の前に出て発表するといった全体共有の工夫がされた。
テーマに取り上げられたのは、「今回のミーティングで心に残った一言」「環境教育を推進していくために“だれに”に“どんな働きかけ”をすべきか」「自然体験活動が持続可能な社会づくりにどのような貢献ができると思うか」など多岐にわたった。
参加者からは、「持続可能な社会づくりのために“食”の大切さを再認識させる取り組みが必要」「環境教育の大切さは、まずは自らがはじめる最初の一歩から始まる」「環境教育推進法には罰則規定もなく問題視される向きもあるが、この法を活かすも殺すも使い方次第なので、法の価値や意義が高まるような取り組みをしていこう」といった声があがった。